Grumbling of ane's mind

はぁ~・・・とため息をつくような心のボヤキをありのままに。姐の裏側を少し(笑)

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■ 仕事納め→潜り納め→サザン納め

今日で仕事納め。

今、皆で納会をして、皆を送り出して伊豆に向う新幹線まで・・・ちょっと時間があるのでビール片手に書いてます@会社。

毎年・・・ここ3年位かな、仕事納めの後は、そのまま伊豆に向かい、潜り納めをしています。
海にありがとうと、一緒に潜ってくれた友達にありがとうと、そして、来年もお願いね、と海に挨拶をしに行きます^^

29日まで仕事をしていると、“今年も終わりかぁ~”なんて気分に浸れるのは、2日しかなく本当にあっと言う間。365日という時間を、2日で振り返るなんて無理だよね(笑)

今年は、12/30のサザンライブに誘ってくれた友達がいて、ピンチヒッターと言えども、もう一回サザンライブにいけることになりました*^^* 今年は、姐的には結構シンドイ一年で、出来ることなら早く過ぎ去ってしまえ、と、早く来年になっちまえ!と思う1年だったのだけど、皆が笑顔で帰るのを見送り、そして笑顔で待ってくれているダイビング友達のところに向うことが出来るのは、本当にありがたいことだな、って思います。うん。


なんだか酔っ払っていて、上手く書けません^^ゞ


シンドかった一年もようやく終わります。
仕事を終えて、最後に大好きな海とサザンで締めくくれるのだから、Happyだと思うことにします!

ではでは、お疲れ様でした!!18:06の“ひかり”に乗るため、今から出発です*^^*
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■ 眩しっ!

ちょうど一年前くらいに会社を辞めた♂が挨拶・・・ということで会社に来た。
その♂は営業をやっていたのだけど、ネットワークセキュリティから外資系保険会社の営業に転職をした。大学ではリスクマネージメントを専攻していたらしく、その分野をネットワークから人生のリスクマネージメントへ活かしたいのだと言っていた。

その♂がサーフィンをやることから、海の話でよく盛り上がったっけ^^
サーファー vs ダイバーでは、「海なんだから波を知ってなんぼ」という彼と「海なのに上っ面しか知らんでどうする」という姐と・・・(笑)でも、結局は「海っていいよね~」で話はまとまり、週末の海報告をし合ったりした。周りからは夏になると金曜日の付き合いが悪くなるトップ2として有名だった。


会社を辞めて間もなく、ようやく保険の話をすることが出来始めた頃、「契約は関係ないので話を聞いてください。○○さん(姐)なら本音でダメ出しくれそうなので・・・」と素直なお願いをされ(笑)、何度かお昼休みに保険の説明を聞き「それ、わかんないなぁ」とか「奥さんを落とそうと思ったら、こういう言い方のがいいんじゃない?」なんてアドバイスをしたりして♪

そのうち、少し連絡が途絶えたのだけれど、時を同じくして、会社の何人かがその♂から契約することになった、なんて話を聞き嬉しく思っていた^^


久しぶりに会う彼はたくましくなっていて、堂々としていた。礼儀正しいところは変わらず、気持ちのいい子だったけど、更に“風格”をちょっとばかし備えていて、最初の頃に姐に一生懸命保険の説明をしていた頃から大きく成長した感じがする。

仕事の話をした後に「で、浮いた話はどうなの?^^」とツッコみを入れてみると、「それが~、モテモテなんっすよ*^^*」と嬉しそうに言う。いつだったか、彼がまだ会社にいた頃、12/25に夜遅く仕事のメールをしていた時に、PSとして突然「ところで、赤い糸ってどこで拾えるんすかねー」って書いてきたことを、姐はとてもよく覚えていて、その話をしたのだけど彼は覚えていないらしい(笑)

「2年前位の今ごろよ~。で、今は拾えたの?」

「そうっすね~。拾えてますね~^^ えぇ~、そんな事言ってましたかぁ?」

「言ってた、言ってた。どんな返信したかは覚えてないんだけどさー、拾うんじゃなくてもう繋がってるんだから、手繰り寄せないと!位に言ったんじゃないかなぁ・・・ま、良かったね!」

仕事も充実、プライベートも充実、年末年始は久しぶりに千葉の海にガッツリ波乗りに行くと言う。うーん、いいねーっ、君、眩しいよっ☆

ヤツは今28才。
男は30超えてから・・・と思ってる姐だけど、このままいけば相当いい男になる予感(^_-)-☆


姐も負けていられないなぁ~、なんて元気をもらった午後でした♪

■ 家族で過ごすクリスマス

「一番印象に残っているクリスマスは?」と聞かれたら、「25才のクリスマス」と答えるだろう。

「東京タワーの見えるホテルに部屋を取り、2人でケーキを食べたあの日」

・・・なぁ~んて言ってみたいけれど、(自慢じゃないが)そういうクリスマスを姐にプレゼントしてくれた♂は未だかつていない。じゃぁ、姐が望んだことがあるのか?と聞かれたら、望んだこともないのだけれど(笑)


25才のクリスマス。

姐は、子供の時からちゃんと「イベント」をやる家庭で育ったので、いわゆる反抗期だったり思春期だったりでも、クリスマスをやってきた。やがて、恋愛をし、17才の時からは♂と過ごすようになったクリスマス。手作りのプレゼントだったり、ケーキだったり、レストランで食事だったり、彼の部屋だったり。今思い出すとハニカミたくなっちゃうような、甘いクリスマス。今思い出しても反省しちゃうような、喧嘩で終わったクリスマス・・・


そんな姐だったのだけど、24才の時に当時の彼にフラれ、独りになった。
(正確には独り・・・ではなくって、クリスマスは一緒に過ごせない相手と付き合っていたのだけど。だけど、クリスマスに一緒に過ごせないことはさほど重要ではなかったな、当時の姐にとって。うーん・・・この話は後日、また^^ゞ)


一人ぼっちのクリスマス。

「そうそう、女友達と過ごそーっと♪♪」

・・・・と、気付くと皆、彼氏だったり友達以上恋人未満だったり・・・まぁともかく、一緒に過ごす♂がいたんだな、これが。


「ひとりかー・・・・」

今と違って“ひとりで過ごす”ということの価値や、それ自体を楽しむ余裕なんてない20代半ば。何となくクリスマスの話題は避けてとおる日々。全くもって姐をフッた♂に未練たらたら忘れられずにいた姐は、“街のイルミネーション”はもちろん“JR東海のCM”や“赤と緑のカラーコーディネイト”からも眼をそらして過ごしていた。

「どうしよー、どうしよー・・・・」


そんなある日、姐ママがさりげなく聞いてきた。

「クリスマス、今年はどうするの?」

「別に・・・予定もないけど。」(聞くなよっ)

「じゃぁ、ご飯でも食べに行く?」

「別に・・・いいけど。」(ひとりよりはマシか。)


そして、25才のクリスマスイブ・・・

地元にある百貨店の最上階にある“回るレストラン”の窓側の席で、姐と姐ママ・姐パパは3人でフレンチを食べていた。何を話したのかは全く覚えていない。ただ、お天気のよい日で日が落ちた後に色が変わっていく空と目線を同じにしながら、「美味しいね~」なんて他愛のない会話。
鮮やかにイルミネーションを煌めかせていくデパート群、眼下には駅に群がる人達が見えた。
姐に気を使ってか単にフレンチが嬉しかったのか、姐ママ・姐パパは満足そうな笑顔をしていたのを覚えている。

「こんなクリスマスも悪くないな」

心からそう思った。


「クリスマスで覚えているのは?」と聞かれたら、はっきり答えられるのは、この25才のクリスマスだけな気がする(あ~・・・一緒に過ごしてくれた♂の皆さん、ごめんなさい。忘れちゃった訳じゃなくて~、どれがいつのだかわからないだけっす 笑)。ただただ、温かい思い出。


さて、今年のクリスマス。
昼間に用事があって実家に帰ると、おばあちゃんが来ていた。
姐ママは、姐が来るから・・と言って丸いケーキを買っていた(イベント好きはこの血です)。

炬燵に入って、おばあちゃん(姐婆?)と姐ママ、4月に嫁ぐ妹と♀4人でケーキを囲む。
おばあちゃんは蝋燭を消す前に、手を合せていた・・・・・違うからーっ(笑)

姐ママが「このサンタの人形食べれるの?って毎年聞くのよ。見てなさい・・・」という。
そして、おばあちゃんはサンタの人形をフォークでつつきながら・・・

「○○ちゃん(姐)このサンタは食べれるのかい?」(笑)


今年のクリスマスも、きっと忘れないだろう


Merry Christmas to everyone who I love !!

■ 幸せな最期

義理のおじいちゃんが死んだ。
連絡を聞いたのは、16日・・・忘年会帰りの電車の中で、だった。
寒い寒い夜で、乗り換えのホームに立ち電車を待っていると涙が出た。


おじいちゃんは、91歳にして姐の結婚式に出席してくれた。
礼服と黒い靴を新調するのに「これから葬式も多いだろうしな」って言っていたらしい。
周りは「自分が一番年長なのに」と笑ってた。
姐の結婚式のお色直し中、おじいちゃんは当日になって「歌いたい」と言い出し、カラオケ教室で鍛えた歌「祝酒」を歌ってくれた。
予定されていないおじいちゃんがお色直し中に見ていたモニターに映ったとき、すごくびっくりしたけど、思わず笑っちゃったのを覚えてる。
お世辞でも上手とは言えない歌だったけど、本当に気持ちよさそうに歌っていたおじいちゃん。

姐は兼業農家であるおじいちゃんからお米をもらっているので、2-3ヶ月に一度、おじいちゃんの家に行っていて、立ち話の時もあれば、あがってお茶を飲んだりすることもあった。
姐の両親は2人とも東京の人で、姐のおじいちゃん、おばあちゃんは、「モダン」な人たちだったから(昔の写真を見ると、ビリヤード台があった!)TVでしか見たことのない、裏に畑のある“農家”のおじいちゃんの家に行くのが姐は大好きだった。
4つ下のおばあちゃんと、縁側でちょこりんと座りながら小豆の仕分けをしている姿を見て、感動したのを覚えてる。
そこには「2人の歴史」が見えるようだった。

当たり前だけど、他人の家に嫁いだ姐にとって、嫁いだ先で親族集合なんて時は、自分の居場所を見つけるのには、未だにドキドキしてしまう。
だけど、顔を出すたび、おじいちゃんとおばあちゃんは、まるで孫がもう一人増えたみたいに嬉しそうに迎えてくれて、特に自分のおじいちゃんが既に他界している姐にとっては、おじいちゃんが生き返ったみたいに嬉しかったんだ。

おじいちゃんはカラオケと、日本酒が好きで、毎晩コップ酒を1杯飲むという。
その話を聞きながら、「一緒に飲もうね」と約束したんだ。おじいちゃんは、孫のところに来た嫁がお酒好きと聞いて、本当に嬉しそうだった。

この約束、果たすこと、出来なかった。
「今度のお正月に一升瓶もって行こう」って11月に話してたんだ。

だけど・・・果たせなかった。
おじいちゃん、ごめんね。楽しみにしてくれてたのに、ね。


おじいちゃんは、お風呂に入っていて、そのまま脳溢血だったらしい。
その日も買い物に行き、お昼ご飯を食べ、普通の生活・・・・いつもの時間にお風呂に入って、そして帰らぬ人となった。

98年という長い生涯を、まるでスイッチひとつ消すみたいに終えたおじいちゃん。
病院で機械に繋がれるでもなく、介護を必要として家族に負担をかけるでもなく・・・
まるで神様に呼ばれたかのようにあっさりといなくなっちゃったおじいちゃん。



お通夜には親族、ご近所さん含め、町長さんから農協の偉いさんまで130人位の人が列席してくれた。
前日におじいちゃんの子供達は「もう年も年だし、同級生も皆いないしねー、少ないんじゃないの?」なんて想像していたけど、そんな事はなかったのだ。“人に歴史あり”・・・子供達に父親としての最後の威厳を見せつけたおじいちゃん。格好いいね。


戒名には「楽」「快」「寿」という字が使われていた。
明治40年生まれなのだから、我々には計り知れない時代の中を生き抜いてきたに違いない。
その“苦労”は想像すらできない。
だけど、その戒名を見たとき、おじいちゃんは本当に幸せに寿命を生き抜いたんだ、と実感し、全てを終えてお墓の前で手をあわせた時、さっきまでの悲しい・淋しい涙は、なんだか嬉し涙に変わった。


幸せな最期・・・って、こういうのなんだね、おじいちゃん。
あと60年以上生きないとおじいちゃんと同じになれないけど、姐も後に残す人にそう思われるように生きていきたいと思います。
おじいちゃんの人生の1/14位に少しだけ登場した孫の嫁だけど、天国でコップ酒飲みながら、見ててね。

これからは、おじいちゃんちにおばあちゃんに会いに行くよ。
おばあちゃんと、おじいちゃんと出来なかったから、オレンジジュースで乾杯する約束したよ。


合掌。

■ 姐さん単語帳 「とっかんこうじ」

最近TVを賑わしている耐震強度偽造問題。
姐歯建築士・・・じゃなかった、姉歯建築士は絶対ヅラだ・・・なんて話はどうでもいいのだけど(笑)

そのニュースを見ていてのこと。


問題のマンション(だかホテルだか)の映像と共に、ちかくに住んでいる方のインタビューがされていた。その男性の話とともにTVに映し出されたテロップ。


「いや~、あっと言う間でしたからね、まるで突貫工事ですよ」


えっ、えぇ~っっ!!!!


姐は、トッカン工事だと思ってました・・・( -_-)
えぇ、そうです、工事する時の音が「トッカン、トッカン」だから「トッカン工事」・・・っす。

漢字だったんだ~・・・・

意味は「途中で休むことなく、一気に行われる工事」・・・・あ、知ってるって?!
音じゃないんだ~・・・・


はい、トッカントッカンだと思ってた人、手ぇあげてっ!!!!!(笑)

■ あなたプロでしょう?!(怒)

石垣島に行くために、羽田空港まで地元の駅からバスで行こうとした時のことだ。

集合は12:30で、姐の地元駅の発車時刻は11:00だった。
朝早ければ40分もあれば着く。

バスは定刻どおりに来て、姐はダイビング器材をバスのトランクに入れ乗り込んだ。
前払いのお金を払おうとして、運転手が言った。

「何時に着くかわかりませんけど、いいですか?」


・・・「なんじゃそりゃ!!?」と耳を疑ったけれど、そこは大人の女。

冷静に「でも、だいたい何時頃とかありますよね?」と聞くと、「首都高は混んでるし・・・」「今来る途中の道も混んでたし・・・」とか、うだうだうだうだ言ってる。不安そうなおばあさんが姐と運転手の顔を交互に見てる。

で、挙句「xxxxということで、何時に着くか全くわかりませんけど、いいですね?」ときたもんだ!

もう、姐はカチンときたっ!

「電車で行くかバスにするか決めるにも、全く予想がたたないっていうんじゃ決められないですよね?普段から運転されてるんだから、だいたい何時とかないんですか?可能性が全くないのか、2時なのか、夜の8時なのかもわからないってことですか?」

「いや~、あの約束は出来ないですからね~」

「別に約束してくれとは言ってないですよ。判断するのに目途を教えて欲しいんです」

「ですから~・・・」

あぁ、ウザい!!
何か下手な事言って、守れなくて何か言われたら困るって思う気持ちはわかる。

でもさー、プロでしょぉ?事もあろうにバスの運転手なわけで。
昨日も一昨日も運転してるんでしょぉ?
しかも情報が発達したこの世の中、一本前のバスに聞くとかさー、何かないわけ?

ただバス運転して羽田に行くだけだったら、姐でも出来るんじゃっ!!ボケッ
(免許取ったら。)


その間に乗り込んでくる別の乗客にも同じことを言う。
そのまま乗る人もいれば、躊躇して降り、悩んでる人もいる。

姐の予測では、ぎりぎりいけるかな、と思ったけど、普段は土日しか乗らず平日の道路の様子がわからない。自分の知識では予測もたてられないのだ。姐でもそうなんだから、おばさんやお婆ちゃんなんて、ましてや・・だろう。


だけど、もうその運転手のオヤジに羽田まで連れてってもらう・・ってこと自体が嫌になり、

「じゃぁ、結構です

と言って、電車で向うことにし、さっさと荷物を出して駅に向った。


「全くわかりません」を言い張るだけなら、子供だって出来る。
仕事なんだから、乗客のクレームに対してのリスクヘッジが必要なんであれば、乗客の質問に対してプロとしての見解を伝えた上で、リスクヘッジをするべきじゃないのか?
「遅くとも2時までには着くと思う」と伝えた上で、「但し、予測した時間に着かない場合でも責任は負えません」と書いた紙を渡した上で乗ってもらうとか、考えようよ。
飛行機だって「条件付き」で飛ぶじゃない、最初から断った上で搭乗するじゃない?!

電車がどんどん便利になっていく中で、そんなサービスしてるようじゃ、バスの利用客だって減るって当たり前だって。

全くバカにしてる・・・っ



しか~し、久しぶりに“頭にきた”出来事だった。
でも、帰りはバス・・・な姐でした^^ゞ(格好悪い?)

■ ボーナス前の面談・・・

9日のボーナスに向けて、ボーナス前の面接があった。
面接と言っても「あなたの今期の評価は○で、金額は○.○ヶ月分の○○円です」と宣言されるだけなのだけど。そして、「何かある?」という話が続く。


今回初めて、評価が「B」だった。
「B」というのは、まぁ、言ったら「可も無く、不可もなく」だ。

部長は申し訳なさそうに言う。
「自分が役員としての仕事に集中していられるのも、部を本当によくまとめてくれて、部としての仕事は全て任せていて安心していられるからだ。それは会社の役員皆が認めている。だけど、“これ”というのが無かった。」と。
だからボーナスの金額は“規定どおり”だった。

そして、この評価は姐が自分に対して下すものと全く同じだ。
自分で「これ、頑張りました!!」と言えるものが、ない。
部員は皆頑張ってくれているし、途中途中で細々ありながらも、いわゆる平穏無事に日々が過ぎていく。

むしろ、会社が姐に対し「A」をつけたのなら「いったいこの会社、何見てるんだろう?」と思うだろう。そういう意味では、とても正当な評価だと思う。

そして、気付いた。
その評価に対して「もっと頑張らなくちゃ!」と思わない自分を。



その後の「何かある?」という話の時、聞いてみたいと思っていたことを聞いた。

「勤続年数に対しての評価はされているのでしょうか?」

姐の会社はいわゆるIT関連のベンチャー企業で、1997年に設立された比較的若い会社だ。
だからかどうかは知らないけど、人の出入りがとても激しい。
姐は設立の時からの、いわゆる生え抜き社員なのだ。それなりに大変な時期もあったし、それに自負もある。社員数は常に100人前後を推移しているものの、当時は40人ほどいた設立メンバー社員も、今残っているのは7-8人。何人もの人が辞めていった。
その途中にも、もちろん、新卒から中途まで、入っては辞めていった。
それを繰り返している会社の中で、何度となく同じ事を新しい人に教え、説明し、それに費やした時間は計り知れない。

役員である部長の答えは、「全くない」だった。

頭の中で「そっかー・・・・そうなんだ・・・・・・・・・・・・」と思った。
何かシラけた、というのが正しい表現な気がする。

人が辞めていく中で「何故辞めていくのか」を真剣に考えている経営陣がいるとは思えない。
いや、思っている人はいるのかもしれないけど、歯止めが効かないのだから思っているだけで何ら対処はされていないに等しく、「辞めたら、また採用」を繰り返しているのだ。
それには、辞めていく人の不満だったり、別の意志だったりがあって、しょうがないとは思う。

だけど、その現実とそれらがもたらす環境の中で、そこに残っている社員には誰も目を向けていないのか。辞めていかないから不満もなく、別に何かしたいと言う意志がないとでも?!

残された人達に、残って続けていこうと頑張る人達に目が向けられない会社だからこそ、人が続かないんだよ、わかってんの?!と思う。
辞めていく人間の背中を見ながら、それでも何かをここで探そうとふんばってる人達。


だけど。

今は、もうここでは何も見つけられないと思ってる。
今は、見つけようとしていない姐がいる。


「ひき潮」・・・かな。
来年は考えることが多そうだ。

■ 北陸 金沢湯けむり旅行 最終日 ~那谷寺・安宅の関~

最終日の朝、カーテンを開けると・・・昨晩少し雪が降ったようで到着した時よりも雪景色が深まっていた!うーん、北陸

朝食の前に、ひとっ風呂
露天風呂の前の杉並木、昨晩は生い茂っているように思っていたら、意外とスカスカ・・・仁王立ちしてなかったかしら?(笑)


美味しい朝食を済ませ早々にチェックアウト。
フロントの人に今日の目的地への相談をすると、時間的に1つは無理だと言う。慌しいのは嫌なので、1つは諦めることにした。あ、ちなみに行きたい場所3つのうち、2つは昨日のタクシーのお父さんのお奨め。あくまでも言いなりな私達(笑)
お父さん、ごめんなさい、1つは行けませんでした・・・^^ゞ


雪が2cm位積もっている車で出発!
寒いのに、車が角を曲がるまで見送ってくださったフロント係りの方が印象的だった。


昨日会った大将が、白山地方の銘菓だと言っていた「とちもち」。
食べてみたいと思っていたら、“道の駅”が。
お土産探しついでに少しだけ寄ってみる♪
姐は・・・・日本酒の中で一番好きな「菊姫」の特選純米4合瓶をGET!
超幸せ~*^^*昨日、前をとおった位だから、これこそ地酒ではないかっ!!ステキ(うっとり)


途中から金沢市方面ではなく小松方面へ。
ホテルを出てから1時間強と言ったところで、目的地に到着。

那谷寺(なたでら)
- 門をくぐり参道を行くと、崖の中腹に本堂があった。圧巻・・・・ 本堂の奥は洞窟のようになっていて、そこに仏様が奉られていた。しーん・・・とした寒さと静けさで言葉を無くす。紅葉が若干残っていて、綺麗だった。
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次は最後の目的地。
ナビで合わせると小松空港のすごい近くみたいだ。
その場所は、ついこの前、NHK大河ドラマ「義経」でやった“勧進帳”の舞台、「安宅の関」!!

ちなみにぃ・・・恥を覚悟で書いちゃうとぉ・・・・

“勧進帳”って音としては聞いたことあったけど、何だか知らなかったっ、その時まで >_<
という事で、姐的には興味津々(笑)


安宅の関
- 平泉に向う義経を見つけたら捕まえるようにとおふれが出ていた時、この関所を通るために、弁慶は何も書いていない紙でありながら勧進帳を読み上げ、そして、主人である義経に手を出す。それに気付いていながらその関の主である富樫氏は、武士の情けとして彼らの通行を許可する・・・というもの。
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この「勇・仁・智」・・・格好いいなぁ。
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この安宅の関に来て初めて、我らは“日本海”を見た。
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低気圧が通過予定の日本海は、「これぞ荒波日本海っ!!」という感じで迫力があった。
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そうそう、北陸だし、日本海だし~っ・・・・・・・・なのに海の幸はぁぁ!!!!!ってことで、お昼こそどこぞで“海鮮丼”♪♪

とワクワク出発したのは良かったが、甘かった・・
ガイドブックもなく、時間も限られてる範囲では結局見つからず、「回転寿司」・・・・

あぁ~・・・・何故にぃ・・・・
もちろん、食べたものは「ずわいがに・うに・ぼたんえび・・・・・」と大きく出たのは言うまでもない(笑)


お腹も満足させ、予定どおり小松空港でレンタカーを返却。
空港で最後のお土産チェックをして、我らはJALの“クラスJ”で少しだけセレブな気分を味わいながら、疲れた体を休めつつ帰京したのでした。


金沢、いいところです
また、“海の幸”を食べに行かなくちゃです(笑)

■ 北陸 金沢湯けむり旅行 2日目 ~後編・讃岐うどんと大乗寺~

予定どおりに13:30に車をGET!
さて、お昼・・・・ 

もし時間とスケジュールが許すなら、姐には行きたいところがあった。
それは「讃岐うどん」のお店。何故、金沢なのに讃岐うどん??


---回想シーン 始まり---

確か、1997年だったと思う。
姐の前の会社でよく面倒を見てもらった、今でも尊敬して止まない先輩2人(♀)と、今となっては最初で最後の女3人旅が金沢だった。姐は殆ど“使いっぱ”だったのだけど(笑)、それでも先輩達に何か出来ることが嬉しくて、旅行の手配も運転手ももちろん姐^^ゞ
美に対する感性っつーもんが殆ど欠落してる姐に反して、先輩達は「○○(姐 もちろん苗字呼び捨て)~、九谷焼見たいのよ」と言い、九谷焼資料館(?)かどっかに行った。それぞれがなにやらお土産を買ったのだけど、キャーキャー言いながら「3人の旅の思い出に♪♪」と買ったのが、↓これ。

どうでしょう?
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・・・・それは置いておいて^^ゞ


で、その資料館を出ると、ものすごくお腹が空いていて「○○(姐)~、倒れそうだよぉ」と先輩達が騒ぐ。ちなみに、先輩達は殺しても死なないタイプだ(笑)

その時、目に入った看板の文字「讃岐うどん」。
「お昼だからうどんでいいですよね~。倒れるよりましですよ!」とそのうどん屋さんに入った。
それが、(我らが勝手につけたあだ名)“大将”との出会い。そして、本物の讃岐うどんを食べたことのなかった姐にとっては、本物の讃岐うどんとの出会い。ものすごく美味しかったのだ!!

「美味しい!」とキャーキャー言いながら食べる姐達に、大将は気付き、話しかけてきた。

「どこから来たんね?」(みたいな感じ)

それからしゃべる、しゃべる・・・・全員が全員!!!(笑)
そして大将からの「明日休みだから、案内しようか?(本当はもうちょっと金沢弁)」の申し出を受け、翌日は、大将+東京からのギャル(当時。)3人の珍道中的1日を過ごしたのだった。

ちなみに、大将の自慢は「松井の遠い親戚」って事で、松井資料館に連れて行かれた記憶がある・・・誰も興味なかったのだけど、そこはしゃーない。何せ、東尋坊にまで連れて行ってもらったのだから

それから・・・8年か。
大将も結婚し、姐も先輩達もその会社を辞めた。
1度しか会ったことのない大将とは、それから年賀状のやりとりだけが続いていた。

---回想シーン終わり---


って事で、讃岐うどんと言えば、大将だ。

姐は行く前に、ネットの検索で「金沢 讃岐うどん 松井」だけを頼りに検索をかけた。
すると一軒「こう泉」という店しかひっかかってこなかった。
絶対に「これだ!!」と思って、連絡先を控えていた。


レンタカーを借りてから、電話をかける。

♂「はい、こう泉です」
姐「あの・・・店主の△△△△さんいますか?ドキドキ」
♂「僕ですけど・・・?」
姐「大将~!!!!!○○ですぅ~!!!!わかる??
♂「え~っ!!!あの○○さん?xx県の○○○○さんやろ?」
姐「そうそうーーーー!!!!!!今ね、金沢にいるの~ (続く)」

大将はすぐにわかってくれて、お店に行くことになった。
カーナビにTELを入れるとお店がちゃんと出てきて、迷うことなく到着。
ちょっとドキドキする。変わってるかなぁ・・・・

入り口を開けて、そーっと覗き込むと、やっぱり不安そうにこちらを見た男の人がいた。

姐「大将!!!!!!
大将「おぉ~!!!!元気やったかぁ??!!


大将はすぐに奥様を呼んで紹介してくれた。優しそうな奥様^^
二人三脚で頑張ってる風なのが伝わってくる。嬉しいな。

これが、「こう泉」自慢の“かきあげうどん”と“天ぷらうどん”だ。
もちもちとした讃岐うどんは、あの時の味のまま・・・・感動~っ・・・・・
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大将の讃岐うどん談義、これからの金沢旅行のアドバイス、写真撮影等々をして1時間ほどで店を出た。
最後までご夫婦揃ってお店の前で手を振って見送ってくれた。嬉しいなぁ、ありがたいなぁ・・・
ちなみに大将は、多分、姐と同世代、寅さんをこよなく愛す讃岐うどん職人である。
東京に来たなら、帝釈天に必ず連れて行くと約束した、前回も、今回も。

また次に会えるのはいつだろう。
それでも、きっと、大将は変わらず「おぉ~、良く来たねぇ!!」と温かく迎えてくれるだろう*^^*


大将と別れ、満腹になった我らは、今日、最後の目的地、「前田家の墓所、前田利家の墓」とその近くにある、例のタクシーのお父さんお奨めの「大乗寺」へ向う。道は大将が教えてくれた。

その頃には雨&みぞれも上がり、雲の合間から太陽が差していた。
でも、低気圧の通過の予報どおり北風がものすごく冷たい。

最初に前田家の墓所へ。
紅葉は既に9割終わっていたけれど、紅と黄のもみじが絨毯のように墓所を彩っている。

前田利家とまつの墓所
- 奥の鳥居が利家、手前がまつ。まつは正室でありながら、同じ墓には入れてもらえず・・・。
前田家の墓所には初代利家にはじまり17代まで、前田家にゆかりのある人々が野田山と呼ばれる小高い丘に葬られている。金沢の町並みが見下ろせる場所だ。
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大乗寺
- タクシーのお父さん、ありがとう!! すばらしくいいお寺だった・・・・感動。
誰もいない境内はとても静かで、荘厳な門に迎えられ、言葉を無くす。
鐘楼があって「午後7時まで」は鳴らしていいらしい。記念に・・・鐘を鳴らした。無料拝観なんてもったいないくらいだ。
高い拝観料は困るけど、少しでもとって・・・そして、こういう素晴らしい建造物を残していってもらいたい、と素直に思わせるお寺だった。
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大乗寺を後にし、いざ、今晩の温泉宿へ向う。
今回は、金沢市内ではなく白山市の一里野温泉郷にある「一里野高原ホテル」。囲炉裏を囲んでのお食事に目がくらんだ(笑)
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白山市の山奥は既に雪景色。
これからどんどん雪深くなるんだろう。

途中の鶴来町で、姐の愛して止まない「菊姫」の“前をとおって”感動。手取り川沿いの小さなこの町で、あの美味なるお酒が造られているんだ・・・・


ホテルはスキー場に隣接していて、温泉がとてもよかった!
お部屋の広さも充分。囲炉裏で焼きながら食べる鮎の塩焼きやまいたけ等のお野菜も美味。
ホテルで買った地酒「白山」がすすむ*^^*


夜は宴会で大騒ぎっ!!!!・・・・が、姐にしては珍しく温泉で芯まで温まった体と囲炉裏の温かさにまったりで、部屋に戻ったら準備完了のお布団になだれ込むように・・・・^^ゞ


早々におやすみ・・・夜はちょっと残念だったな(自業自得)
明日はどこに行こう♪

■ 北陸 金沢湯けむり旅行 2日目 ~前編・金沢市内~

朝目覚めてから、そーっとカーテンを開ける・・・「一面の銀世界だったりして」という期待とは裏腹に、灰色の空から雨が降っていた。寒そうだ。

目を覚まそうというのもあって、思い切って窓を開ける。乾燥しきった部屋に容赦なく入り込んでくる北陸の冷たい空気が気持ちいい。

と思ったのは束の間で、さ、寒いっっ!!!(笑)


まずは金沢駅に向かうことにし、9:30頃にホテルを出てバス停まで歩く。
金沢は観光地だけあって、バスが充実しているのでさほど問題ないかな♪と思っていたけど、「すげー寒い」というのが想定の範囲外だった・・・。

バスで金沢駅に到着、まずは荷物をロッカーに入れて腹ごしらえ&作戦会議。
駅ビルの1Fにある観光情報センターで地図と興味のある場所のガイドを手にいれる。
喫茶店のモーニング(550円)のオムレツは、冷凍物ではなくちゃんと手作りで美味しかった^^

30分ほどで作戦会議も終了。まずは、定番、「兼六園」ということでバス停に・・・
が、バスが行ったばっかりでしばらく来ない。うーん・・・そして寒い・・・(しつこい?) ってことで、あっさりタクシーに変更。

ところで、このJR金沢駅東口。
ものすごく近代的!!高い天井が圧巻。木の巨大な柱は、鼓をモチーフにしているそう。
立派な駅!!


タクシーに乗る頃には、マジ雨。
姐は旅先ではガイドブックよりタクシーの運ちゃん情報のが使える♪・・と信じているので、

姐「兼六園へお願いしまーす
「どの門へ着けますか?」
姐「お父さんのお奨めの門でいいですよ~。わからないので~♪♪」
「う~ん、じゃぁねぇ~・・・1メーター位上がっちゃうかもしれないけど、☆#$&○※▲(うんちく)でいいかな?」
姐「はぁい、それでお願いします!」

をきっかけに、「今日は寒いですねぇ~」に始まり、「xxxx行きたいと思ってるんですけど、どれ位かかりますか?」「xxxx食べるにはやっぱり市場がいいですかねぇ?」・・・なんて話ているうちに、運ちゃんからありがたい提案が

13:00にレンタカーを借りるという我々に合わせ、2時間6,000円で金沢市内の有名どころを説明しながら案内してくれると言う。もちろん、値段にもよるけれど、外は雨&みぞれ・・・土地鑑の無い我らにとっては嬉しいお誘いここまでのお話で、運ちゃんが決して悪い人では無いことはわかってるしっ

・・・という事で、お願いすることにー

ここからは、運ちゃん改め、お父さんのお奨めにより周ったコースでございますぅ

兼六園
- 到着と同時に大雨。回っているとやがて、3mm四方くらいのみぞれ・・・。ざらざら降ってくる感じ。
お父さんは、「xxxx年xx代城主前田xxxのxxxxが~」と歴史的うんちくを話してくれるんだけど、みぞれで聞こえない。でも「聞こえません」とは言えず(笑) タクシーに戻ったら、みぞれも止みました・・・金沢の天気は変わりやすいそうっす。ちなみに、前回、兼六園に来た時は7月なのにどしゃぶりでした・・・・。
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成巽閣
- お父さんが連れて行ってくれようとしたのだけど、お父さんの頭の中にあるスケジュールによると中に入る時間はない。この時点で既に、我らは“お父さんのいいなり”(笑)


ひがし茶屋街
- 雨があがり、少し潤った風情のある街並みは、華やかだった当時を想わせる。ここで“旦那さん、寄ってって~”と女郎さん達が殿方を誘っていたのだろうか。三味線や鼓の音が聞こえてきそう♪
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●金箔の「箔座
- 姐はあまり知らなかったのだけど、金沢は“金箔”が有名なんだって!という事で、お父さんが金箔専門店の“箔座”に案内してくれた。ここは一応、金箔関係のお店なのだけど、何よりその店内に飾られた「金の茶室」がすごい!! 豪華絢爛の秀吉時代に安土桃山城内に作らせた茶室を想像して、作ったものらしい。その当時の華やかさがうかがえる・・・
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●尾上神社
- この神社は前田利家をまつる神社。楼門にはステンドグラスで飾られ、その昔はそこから海が見えたらしい。
前田利家の銅像はなかなか立派!!
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長町武家屋敷跡
- その昔は普請につかう材木等を運んでいたらしい用水路沿いの街並みは、なかなか風情がある♪関東に住む人間が思う北陸の(金沢の?)冬のイメージのひとつ、“こもがけ”がされていて、これからの本格的な冬の訪れに備えている・・・・生活の知恵だなぁ、と関心。
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これら6箇所を説明しながら周ってくれて、ちゃんと時間どおりに駅前のトヨタレンタカーに届けてくれたお父さん。
「写真撮りましょう!」なんて言ってたのだけど、駅前には車をそう停める訳にもいかず・・・ それでもっ、と既にUターンしたお父さんをパチリ☆
お父さ~ん、ありがとう!!!


本当にありがとうございました!!
こういう予期せぬ旅の出会いとか、楽しいよね♪

駆け足ではあったけど、初めて訪れる場所もあり、ちょっとした歴史のうんちくも楽しく、とっても素敵な“金沢定番観光”が出来ました

<後編につづく・・・>

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